補助資料:焙煎における放射熱
焙煎では、熱風(対流) や ドラム接触(伝導) に加えて、
放射熱(radiation) が豆の加熱に関わっています。
放射熱とは?
放射熱とは、物体が電磁波(主に赤外線)としてエネルギーを放つ現象です。
このエネルギーは空気などの媒介を必要とせず、真空中でも伝わります。
- 太陽光で体が温まる
- 焚き火の前に立つと、風がなくても顔が温かく感じる
- 炭火ですぐ肉が焼ける
- 地球温暖化もCO2による放射の吸収が原因です
これらはすべて放射熱によるものです。
焙煎機でも、バーナーや高温のドラム壁が赤外線を放ち、豆を直接温めています。
ステファン=ボルツマンの法則
放射によるエネルギーの強さは、物体の温度の 4乗 に比例します。
これを表すのが ステファン=ボルツマンの法則 です。
$$ q = \varepsilon \sigma T^4 $$
ここで:
- $q$:単位面積あたりの放射エネルギー流束 [W·m⁻²]
- $\varepsilon$:放射率(0〜1)
- $\sigma$:ステファン=ボルツマン定数 $5.67\times10^{-8}$ [W·m⁻²·K⁻⁴]
- $T$:物体表面の絶対温度 [K]
実際の焙煎では「相互放射」
ドラム内では、複数の表面(ドラム壁、豆、火炎)が互いに放射し合います。
このとき、豆が受け取る正味の放射熱は次式で表されます:
$$ q_{\text{net}} = \varepsilon \sigma (T_w^4 - T_b^4) $$
- $T_w$:ドラム壁または周囲の放射温度 [K]
- $T_b$:豆表面の温度 [K]
もし $T_w > T_b$ なら、豆は放射を吸収して加熱されます。
逆に、焙煎終盤のように豆が非常に熱いときには、
豆が周囲へ放射を放つ方向にも働きます。
放射率(Emissivity)とは?
放射率 $\varepsilon$ は、物質がどの程度「放射・吸収」しやすいかを表す値です。
| 物質 | 放射率 $\varepsilon$ | 特徴 |
|---|---|---|
| 黒体(理想的放射体) | 1.0 | 全波長で完全に放射 |
| 黒い鋼・酸化鉄 | 0.8〜0.9 | ドラム内部のような酸化面 |
| ステンレス(鏡面) | 0.1〜0.3 | 放射よりも反射が優勢 |
| コーヒー豆 | 0.9 以上 | 表面が黒く粗い、放射・吸収ともに強い |
焙煎機の材質や表面仕上げ(つや消し or 鏡面)で、
放射熱の寄与が大きく変わる。
放射熱の寄与を比べてみる
高温域(約230°C)での放射エネルギー密度を概算してみます。
$$ q = \varepsilon \sigma T^4 $$
温度 $T = 230 + 273 = 503\ \mathrm{K}$、放射率 $\varepsilon = 0.85$ とすると:
$$ q = 0.85 \times 5.67\times10^{-8} \times 503^4 $$
$$ q \approx 2900\ \mathrm{W/m^2} $$
同条件で 250°C(523 K)に上がると:
$$ q = 0.85 \times 5.67\times10^{-8} \times 523^4 \approx 3400\ \mathrm{W/m^2} $$
※ 実際には、豆とドラム壁の距離があるので、この値より低くなるはずです。
わずか20°Cの上昇で放射エネルギーは約17%増加。
まとめ
- 放射熱は、物体が光(赤外線)として放つ熱エネルギー。
- ステファン=ボルツマンの法則: $q = \varepsilon \sigma T^4$
- 黒く粗い表面(豆や酸化鉄)は放射・吸収が強い。
- ドラムの表面状態・火炎位置・豆の動きで、放射の分布は変わる。
参考文献
- Fabbri, A., Cevoli, C., Alessandrini, L., & Romani, S. (2011). Numerical modeling of heat and mass transfer during coffee roasting process. Journal of Food Engineering, 105(2), 264-269.
- Fadai, N. T., Melrose, J., Please, C. P., Schulman, A., & Van Gorder, R. A. (2017). A heat and mass transfer study of coffee bean roasting. International Journal of Heat and Mass Transfer, 104, 787-799.