補助資料:焙煎における対流熱
焙煎では、熱風(流体)から豆(固体)へ熱が移動します。
この「対流熱」が、コーヒー焙煎を支配する主要な熱移動メカニズムです。
ここでは数式を使いながら、実際にどういう仕組みで豆が加熱されるのかを見ていきましょう。
対流熱とは?
対流熱とは、流体の動きによって物体に熱が伝わる現象です。
焙煎機の中では、加熱された空気(熱風)が勢いよく豆に当たり、表面から内部へ熱が浸透していきます。
- 例えるなら:ドライヤーで髪を乾かすとき、温風が髪の毛に当たって熱が伝わるのも「対流熱」。
- 焙煎機では、送風ファンが強ければ強いほど、熱風による加熱の効率が高まります。
モデル式
豆の温度変化は、次の式で表されます:
$$ \frac{dT_b}{dt} = \frac{hA}{m c_p} \ (T_{\infty} - T_b) $$
ここで:
- $T_b$:豆温(°C または K)
- $T_{\infty}$:熱風温度(°C または K)
- $h$:熱伝達係数 [W·m⁻²·K⁻¹]
- $A$:豆表面積(球近似) [m²]
- $m$:豆質量 [kg]
- $c_p$:豆の定圧比熱 [J·kg⁻¹·K⁻¹]
ポイント
- $(T_{\infty} - T_b)$:熱風と豆の「温度差」が大きいほど熱が速く伝わる。
- $(hA)$:熱が表面からどれくらい効率的に伝わるかを決める係数。
- $(m c_p)$:豆そのものの「熱の受けやすさ」を表す(質量×比熱)。
つまり、この式は「温度差 × 効率 ÷ 豆の熱容量 = 温度上昇速度」を意味しています。
時定数
豆がどのくらいの速さで温度変化するかは、「時定数」で表されます:
$$ \tau = \frac{m c_p}{h A} $$
単位:秒 [s]
解説
- 時定数 ${\tau}$ が小さいほど → 温度はすぐに上がる(反応が速い)。
- 時定数 ${\tau}$ が大きいほど → 温度変化はゆっくり。
焙煎している時に「火力を強めても豆がなかなか上がらない」と感じるときは、この ${\tau}$ が大きいケースです。例えば、大粒で密度が高く水分を多く含んだ豆は $m$ や $c_p$ が大きいため、熱の立ち上がりが遅くなります。
熱伝達係数の推定
熱伝達係数 (h) は「どのくらい熱が表面を通じて伝わるか」を表す値です。この係数を理解することは焙煎にめちゃめちゃ大事です!!!
球に対する経験式(Ranz–Marshall式)を使って推定します:
$$ \mathrm{Nu} = 2 + 0.6 \ \mathrm{Re}^{1/2} \ \mathrm{Pr}^{1/3}, \quad h = \frac{k \ \mathrm{Nu}}{D} $$
ここで:
- $Nu$:ヌセルト数(無次元、伝熱効率の指標)
- $Re = \dfrac{\rho v D}{\mu}$:レイノルズ数(無次元、流れの勢いを表す)
- $Pr = \dfrac{\mu c_{p,\text{air}}}{k}$:プラントル数(無次元、流体の熱拡散性を表す)
- $k$:空気の熱伝導率 [W·m⁻¹·K⁻¹]
- $D$:豆の代表直径 [m]
- $\rho$:空気密度 [kg·m⁻³]
- $v$:空気流速 [m·s⁻¹]
- $\mu$:空気の動粘度 [Pa·s]
イメージ
- とはいえ、この式を見ても難しいですよね。ひとまず $Re$ の中身に風速 $v$ が含まれているということだけ覚えておけばOKです。
- $v$(風速)が大きい → $Re$ が大きい → ヌセルト数 $Nu$ が増える → $h$ が大きくなる。
- つまり「強い送風 = よく熱が伝わる」ということ。
イメージまとめ
- 対流熱は 熱風が豆表面にぶつかり、熱が移る現象。
- 豆の「物性値」と風の「条件」が組み合わさり、どのくらい速く加熱されるかが決まる。
- 強い風は効率的な加熱をもたらすが、過剰だと豆表面だけが焼けて「スコーチ」の原因にもなる。
- ちなみに、私が計測したデータだとAilloのドラム内の熱風温度は焙煎の途中(イエローくらい)で豆温度より低くなります。つまり、そこから対流熱は理論的にはかなり低く伝導熱主体になっていることは認識しておきましょう。この辺のデータはどこかでシェアしたいと思います。
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まとめ
- 対流熱は焙煎の中心的な熱移動メカニズム。
- モデル式は「温度差 × 効率 ÷ 豆の熱容量」で表現できる。
- 時定数は加熱速度を決めるカギ。豆の性質で大きく変わる。
- 熱伝達係数 $h$ は流速や空気の性質に依存し、焙煎機の送風設定と直結する。
参考文献
- Fabbri, A., et al. (2011). Numerical modelling of coffee roasting process. Journal of Food Engineering, 105(2), 264–273.