補助資料:コーヒー抽出と金属イオンの化学
論文情報
タイトル: The role of dissolved cations in coffee extraction
著者: Hendon et al., 2014
概要: コーヒー抽出におけるカルシウムやマグネシウムなどの金属イオンの影響を、計算化学(DFT)を使って評価した論文。
1. 研究の背景と目的
- 水のミネラル組成はコーヒー抽出の味に大きく影響する。
- 特にカルシウム (Ca²⁺) やマグネシウム (Mg²⁺) は酸味や苦味の抽出に関与。
- 味の変化を説明するために、金属イオンと各化合物との結合エネルギー(binding energy)を評価。
2. 結合エネルギーとは?
結合エネルギー (binding energy) とは、金属イオンと分子が結びつく際に生じるエネルギー。
絶対値が大きいほど、より強く結びついていることを意味する。
例:Mg²⁺がより強く化合物に結合すれば、溶液中にその成分が残りにくくなる可能性がある。
3. 使用した化合物
代表的なコーヒー成分:
- 有機酸:乳酸、リンゴ酸、クエン酸、キナ酸、クロロゲン酸
- 苦味/香味成分:カフェイン、エウゲノール
4. モデリング手法と条件
- DFT (Density Functional Theory) によって金属イオンとの最適構造と結合エネルギーを算出
- 各化合物に対して、Na⁺, Ca²⁺, Mg²⁺ の3つの陽イオンとの結合強度を比較
5. 主な結果(相対結合エネルギー)
化合物 | Na⁺ (kcal/mol) | Ca²⁺ (kcal/mol) | Mg²⁺ (kcal/mol) |
---|---|---|---|
Lactic Acid | -3.1 | -7.5 | -9.8 |
Malic Acid | -3.5 | -8.0 | -10.2 |
Citric Acid | -4.0 | -8.8 | -11.0 |
Quinic Acid | -2.8 | -6.9 | -8.7 |
Chlorogenic Acid | -3.2 | -7.6 | -9.4 |
Caffeine | -2.5 | -6.5 | -8.1 |
Eugenol | -1.9 | -5.2 | -6.9 |
ポイント:
- Mg²⁺ > Ca²⁺ > Na⁺ の順で、結合が強い。
- 特に Mg²⁺ は有機酸との相互作用が強く、酸味の抽出に影響を及ぼす。
6. 味わいへの影響(考察)
- Mg²⁺が多いと:酸味成分と強く結合 → 抽出されにくくなる → 酸味が抑えられる
- Ca²⁺が多いと:抽出されやすい酸味が多くなる → 明るくなる印象も
- Na⁺が多いと:味に直接的な影響は弱め
7. 実践的示唆
- 「硬度が高い水(Mg多め)」は酸味を抑え、ボディ感を高める可能性がある
- 「Ca中心の水」はバランスが取れた味わいになりやすい
- 水のミネラル調整によって、抽出の方向性をデザインできる
参考文献
Hendon, Christopher H., Lesley Colonna-Dashwood, and Maxwell Colonna-Dashwood. "The role of dissolved cations in coffee extraction." Journal of Agricultural and Food Chemistry 62.21 (2014): 4947-4950.