コーヒー抽出における粒度・温度の物理的影響
1. 粒度(挽き目)が抽出に与える影響
表面積と溶解速度
- 粒度を細かくすると、表面積が増大し、成分が水に溶け出す速度(溶解速度)が上昇します。
- 表面積 ( A ) が大きいほど、Noyes-Whitney式における溶解速度が速くなります。
$$ \frac{dC}{dt} = \frac{DA}{L}(C_s - C) $$
- $D$:拡散係数
- $A$:固体表面積(粒度が細かいと大きくなる)
- $L$:拡散距離
- $C_s$:表面飽和濃度
- $C$:液中濃度
微粉の影響
- 粒度を細かくすると微粉(非常に小さな粒子)が増えます。
- 微粉はすぐに溶解し、過剰抽出の原因となりやすいです。
成分ごとの拡散速度の違い
- 小さな分子(例:カフェイン、トリゴネリン)は拡散速度が速い。
- 大きな分子(例:オイル成分)は拡散速度が遅い。
参考:Moroney et al. (2019)
粒度が粗いと、拡散速度の遅い成分が抽出されにくくなります。
2. 温度が抽出に与える影響
溶解速度への影響
温度が上がると、
- 拡散係数 $D$ が大きくなり、溶解速度が速くなります。
- 温度と拡散係数の関係:
$$ D \propto \mu \times k_b \times T $$
- $\mu$:分子の移動性(mobility)
- $k_b$:ボルツマン定数
- $T$:絶対温度(K)
拡散方程式を解くと、以下のようになります。
$$ C(r,t) = c_0 exp(- \frac{r^2}{4Dt}) $$
- $D$:拡散係数
- $C$:液中濃度
- $t$:時間
- $r$:距離
成分ごとの温度依存性
- 溶けやすい成分は温度変化による影響が小さい。
- 溶けにくい成分(苦味成分など)は高温でより多く抽出されやすい。
これにより、温度を下げると、苦味成分の割合を相対的に減らし、甘味・酸味を引き立てることができます。
温度による拡散プロファイルの違い
温度が違うと、拡散の広がり方が異なります。下図のイメージです:

- 80℃:拡散が遅い → 濃度分布が狭い
- 90℃:中間
- 100℃:拡散が速い → 濃度分布が広がる
3. 粒度と温度の似ている点と違い
粒度を細かくする | 温度を上げる | |
---|---|---|
表面積増加 | あり | なし |
拡散速度増加 | 間接的にあり | 直接的にあり |
微粉発生 | あり | なし |
- 粒度を細かくすると溶解速度は上がるが、微粉による過剰抽出リスクがある。
- 温度を上げると拡散と溶解がともに加速するが、微粉の影響はない。
4. まとめ
- 粒度を細かくすると、表面積が増え溶解が速くなるが、微粉の影響に注意。
- 温度を上げると、溶解も拡散も加速し、苦味成分の抽出が進みやすくなる。
- 粒度と温度は似ているが、異なる影響を持つ。
次回以降では、これら物理的な理解を踏まえたうえで、TDSとPEのコーヒーチャート、そして味わいの科学についてさらに深掘りしていきます!
📚 参考文献
- Jonathan Gagné, Physics of filter coffee, 2020
- M. Ellero et al., Mesoscopic modelling and simulation of espresso coffee extraction, 2019
- Moroney KM, O’Connell K, Meikle-Janney P, O’Brien SBG, Walker GM, Lee WT (2019) Analysing extraction uniformity from porous coffee beds using mathematical modelling and computational fluid dynamics approaches. PLoS ONE 14(7): e0219906. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0219906
- 旦部 幸博, 『コーヒーの科学』
- 広瀬 幸雄ほか, 『コーヒー学入門』