🎙️ 第3回:抽出とは何か?後編
前回までは、抽出の3ステップ――溶解・拡散・輸送についてお話ししてきました。
では実際に、ハンドドリップのような「透過式」の抽出では、これらのステップがどのように現れているのでしょうか?
透過式のプロセス:蒸らし〜抽出の繰り返し
透過式のコーヒー抽出では、蒸らしと、注湯→抽出→ドリップの繰り返し、という流れがあります。
まずは「蒸らし」から見ていきましょう。
蒸らしで起きていること
最初にお湯を少量注いで数十秒待つ「蒸らし」。
ここでは、水が豆の表面に接触し、豆の**空隙(ポーラス構造)**の中にゆっくりと浸透していきます。
このときに起きているのが:
- 豆のごく表面についていた微粉や壊れた細胞の成分が、すぐに溶解して水に出ていきます(Cₛ − C が大きいため、溶解速度が速い)
- 水が豆の内部にゆっくりと染み込んでいき、内部の拡散がはじまる準備が整う
- 水の存在によって、成分が拡散できる環境ができる(乾燥していた豆は、水がないと拡散も起こらない)
つまり、蒸らしは、抽出が始まる前の溶解と拡散のスタートスイッチのような時間です。
注湯による抽出の繰り返し
蒸らしが終わったら、いよいよ本抽出。
お湯を段階的に注ぎながら、コーヒー成分を溶かして・拡げて・運び出す、というサイクルを繰り返していきます。
毎回の注湯では:
- 新しい水が入ることで、濃度差(Cₛ − C)がリセットされ、また溶解が活性化されます
- 水が流れることで、表面に出た成分が輸送によってドリッパーの外へ運ばれます
- 豆の内部では、引き続き拡散が進んでいきます
このように、注湯のたびに3ステップが同時進行で起きているわけです。
浸漬式との違い
ここまで「透過式」の話をしてきましたが、フレンチプレスのような「浸漬式」は少し異なります。
浸漬式では、お湯が豆の中と外にずっと滞留しているため、輸送は起きません。
代わりに、溶解と拡散だけで抽出が進んでいきます。
特に重要なのが拡散の律速です。
豆の内部から成分が外に出てくる速度が、全体の抽出スピードを決めている。この拡散が、温度や成分の種類によって変わります。そして、時間が経験的に4分程度の浸漬時間にすると、抽出された成分の割合がちょうど良くなります。浸漬時間が4分程度とよく書かれているのはそのためです。拡散の時間スケールによって決まっているということです。
✅ まとめ
今回は「抽出とは何か?」というテーマで、
コーヒーを淹れるときに起きている3つの科学的ステップ――溶解・拡散・輸送について解説しました。
科学的に理解してみると、コーヒーはただのお湯と粉ではなく、
温度や濃度差、構造や流速といった、さまざまな要因が複雑に絡みあって一杯ができていることが見えてきます。
📚 参考文献
- Jonathan Gagné, Physics of filter coffee, 2020
- M. Ellero et al., Mesoscopic modelling and simulation of espresso coffee extraction, 2019
- 旦部 幸博, 『コーヒーの科学』
- 広瀬 幸雄ほか, 『コーヒー学入門』